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【一倉定の経営学】損益分岐賃率で見る製造業の経営安全度|赤字受注の判断基準

はじめに:その「赤字案件」、本当に断って正解ですか?

「受注価格が厳しく、ほとんど利益が出ない」「材料費や外注費を引いたら赤字になるかもしれないが、工場を止めるわけにもいかない」。多品種少量生産を営む中小製造業の経営者様や現場リーダーの方々から、このような悲痛な叫びを頻繁に耳にします。原材料費やエネルギーコスト、労務費が高騰する中、価格転嫁もままならず、経営の安全度に対する不安は増すばかりではないでしょうか。

多くの経営者は「赤字案件は悪」と捉え、受注をためらうかもしれません。しかし、その判断は本当に正しいのでしょうか。実は、安易に赤字案件を切り捨てることが、かえって会社全体の首を絞める危険性をはらんでいます。本記事では、経営コンサルタント・一倉定氏が提唱した「損益分岐賃率」という強力な指標を軸に、中小製造業が経営の安全度を高め、的確な意思決定を下すための具体的な方法を解説します。

「どんぶり勘定」が招く経営判断の誤り

多くの中小製造業で見られるのが、個別の案件ごとの正確な原価を把握できていない「どんぶり勘定」です。例えば、以下のような見積もりを作成していないでしょうか。

見積価格 = 材料費 + 外注加工費 + 加工賃(経験に基づくアワーレート × 製造時間) + 一般管理費(数%)

この方法では、材料費や外注費といった社外への支払いは明確ですが、「加工賃」の根拠となるアワーレートが曖昧であったり、設備費や間接経費の回収が考慮されていなかったりするケースが散見されます。結果として、一件一件の受注が会社全体の利益にどう貢献しているのか、あるいは利益を蝕んでいるのかが見えません。これでは、どの案件を優先し、どの案件の価格交渉に臨むべきか、的確な経営判断を下すことは極めて困難です。

経営の安全度を測る羅針盤「損益分岐賃率」

こうした「どんぶり勘定」から脱却し、経営の安全度を測るための強力な羅針盤となるのが、一倉定氏が提唱した「賃率」の考え方です。特に重要なのが「損益分岐賃率」です。

損益分岐賃率とは、会社全体の固定費を回収するために、直接工(製造現場で直接作業する人員)が1時間あたり最低限稼がなければならない付加価値額(限界利益)を指します。

計算式は以下の通りです。

損益分岐賃率 = 単位期間の一切の固定費 ÷ 単位期間の直接工の総工数

ここで言う「一切の固定費」とは、労務費、設備費、間接製造経費、販管費など、売上に関わらず発生するすべての費用を指します。この損益分岐賃率を下回る仕事は、やればやるほど会社の体力を奪っていくことを意味します。まずは自社の損益分岐賃率を正確に把握することが、経営改善の第一歩です。

目標利益を達成するための「必要賃率」

損益分岐賃率は、あくまで赤字か黒字かの分岐点を示す指標です。しかし、企業経営の目的は単に赤字を回避することではなく、持続的な成長のための利益を確保することにあります。そこで次に必要となるのが「必要賃率」です。

必要賃率とは、会社全体の固定費を回収した上で、さらに目標とする利益(必要利益)を稼ぎ出すために、直接工が1時間あたり稼がなければならない付加価値額を指します。

必要賃率 = (単位期間の一切の固定費 + 必要利益) ÷ 単位期間の直接工の総工数

この「必要賃率」を達成して初めて、会社は成長投資や従業員への還元、そして将来への備えが可能になります。経営者は、この「必要賃率」を常に意識し、それを上回る仕事の獲得や、生産性向上に努めなければなりません。

【最重要】増分計算で考える「赤字案件」の正しい判断

「損益分岐賃率」と「必要賃率」。この2つの指標を持つことで、個別の案件に対する見方が大きく変わります。ここで、一倉定氏の経営哲学の根幹である「増分(ましぶん)計算」の考え方が極めて重要になります。

増分計算とは、ある意思決定(例:新規受注)によって、会社全体の売上と費用が「どれだけ増えるか」に着目する考え方です。固定費は、その案件を受けようが受けまいが発生する費用であるため、個別の案件の採算判断からは一旦切り離して考えます。重要なのは、その案件を受けることで得られる「限界利益(売上高-変動費)」がプラスかどうかです。

この考え方に基づき、案件を以下の4つに分類して経営判断を行います。

賃率を用いた案件の4分類と経営判断
製品分類 定義 (時間あたり付加価値) 状態 基本方針
健康製品 必要賃率を上回る 十分な利益を確保できている優良案件。 積極的な販売強化、安定供給体制の構築。
貧血製品 損益分岐賃率と必要賃率の間 固定費は回収できるが、目標利益には貢献していない。 生産性向上によるコストダウンや、価格交渉による利益率改善を目指す。
擬似出血製品 変動費はカバーするが損益分岐賃率を下回る 受注すれば固定費の一部を回収できるが、やればやるほど赤字が膨らむ。 原則として撤退・値上げを検討。ただし、工場の稼働維持など戦略的理由があれば限定的に受注。
真正出血製品 変動費(材料費+外注費)すら下回る 受注するだけで会社から現金が流出する、最も深刻な案件。 即時撤退、または最低でも変動費を上回る価格への交渉が必須。

この分類からわかるように、一般的に「赤字案件」と呼ばれるものの中にも、会社の固定費回収に貢献する「貧血製品」や「擬似出血製品」が存在します。特に工場の稼働が落ち込んでいる時期には、これらの案件でも受注した方が、何もしないより会社全体の損失を小さくできるのです。これが「会社全体で考える原則」であり、経営の安全度を高める上で不可欠な視点です。単純に「赤字だから断る」という判断は、経営機会の損失に繋がる極めて深刻なボトルネックとなり得ます。

賃率を武器にした価格交渉と経営改善

自社の各製品・案件がどの分類に属するかを「見える化」できれば、打つべき手は明確になります。

価格交渉・値上げの戦略的実践

「健康製品」ばかりを受注できれば理想ですが、現実は厳しいでしょう。重要なのは、「貧血製品」や「擬似出血製品」をいかにして「健康製品」に近づけていくかです。賃率に基づいた原価計算は、価格交渉における強力な武器となります。

「この案件は、弊社の損益分岐賃率をクリアするためには、あと〇〇円の値上げが必要です」と具体的な数字で示すことで、交渉に客観性と説得力が生まれます。感情論やお願いではなく、事業を継続するための論理的な要求として、取引先にも理解を求めやすくなります。

収益改善サイクルの確立
STEP 1
案件別に賃率を「見える化」する
工数・実績原価を記録し、案件ごとの時間あたり付加価値(実際賃率)を算出する。
STEP 2
損益分岐賃率・必要賃率と比較して4分類
健康/貧血/擬似出血/真正出血に仕分けし、各案件の採算状態を客観的に把握する。
STEP 3
分類に応じた打ち手を実行
価格交渉・生産性向上によるコストダウン・撤退判断など、案件ごとに最適な対応をとる。
STEP 4
実績を再測定し、次の改善へ
打ち手の効果をデータで検証し、継続的に賃率を引き上げるサイクルを回す。

外注か内製かの的確な判断

外注先から提示された単価と、自社のアワーレートを単純比較して「外注の方が安い」と判断していませんか?これも危険な考え方です。もし社内の設備や人員に空きがある(=固定費が遊んでいる)状態ならば、外注費(変動費)を支払う代わりに内製化することで、その分がまるごと限界利益となり、会社全体の利益に貢献します。賃率の考え方は、このような外注・内製の判断においても、会社全体としてどちらが有利かを判断する基準を与えてくれます。

賃率経営を阻む「3つの壁」

ここまで読んで、「言うは易し、行うは難し」と感じられた経営者様も多いのではないでしょうか。実際に、多くの中小製造業がこの「賃率経営」を導入しようとしても、以下の3つの壁に直面します。

  1. 実績管理の壁:個別の案件に「誰が」「何時間」掛かったのか、正確な作業時間(工数)が集計できていない。
  2. 原価計算の壁:そもそも自社の固定費や変動費がいくらで、アワーレートや賃率をどう計算すれば良いのか分からない。
  3. データ集計の壁:受注データは販売管理システム、原価データはExcelや紙の作業日報など、情報がバラバラで、案件ごとの収益性をタイムリーに分析できない。

これらの壁は、日々の業務に追われる中で乗り越えるにはあまりに高く、結果として多くの企業が「どんぶり勘定」から抜け出せずにいるのが実情です。

どんぶり勘定と賃率経営の比較
✗ どんぶり勘定
  • 案件ごとの正確な原価が把握できていない
  • アワーレートが経験・勘に依存して曖昧
  • 赤字案件を一律に「断る」と判断してしまう
  • 価格交渉が感情論・お願いベースになりがち
✓ 賃率経営
  • 損益分岐賃率・必要賃率で採算を数値判断
  • 案件を4分類し、打つべき手が明確になる
  • 増分計算で会社全体の利益から判断する
  • 具体的な数字を根拠に論理的な価格交渉ができる

まとめ:賃率経営への第一歩をFactory Advanceで

本記事では、中小製造業が厳しい経営環境を乗り越え、経営の安全度を高めるための指標として、一倉定氏の思想に基づく「損益分岐賃率」と「必要賃率」をご紹介しました。これらの指標は、単なる原価計算ツールではありません。どの仕事を受け、どの仕事の価格を交渉し、どこを改善すべきかという、日々の経営判断の質を劇的に高めるための「経営の羅針盤」です。

しかし、その実践には正確なデータ収集と管理、そして複雑な計算が不可欠であり、Excelや手作業での管理には限界があります。私たちFactory Advanceが提供するクラウドサービス「Factory Advance」は、まさにこの「賃率経営」を中小製造業の皆様が実践するために開発されました。

案件ごとの見積から、作業時間の記録、実績原価の自動計算、そして案件別の収益性の見える化までを一気通貫で実現。経営者や現場リーダーが、感覚ではなく「数字」に基づいて的確な意思決定を下すための環境を整えます。「忙しいのに利益が残らない」という悩みから脱却し、儲かる体質への転換を目指しませんか?

より具体的な収益管理の方法については、以下の資料で詳しく解説しています。ぜひダウンロードして、貴社の経営改善にお役立てください。

中小製造業向け収益管理実践ガイド

参考文献

  • 一倉定 (1979) 『増収増益戦略 新装版 (一倉定の社長学 第5巻)』 日本経営合理化協会出版局
  • 照井清一 (2005) 『あなたの会社は原価計算で損をする』 日本実業出版社
  • 中小企業庁 (2024) 『中小企業・小規模事業者のための価格交渉ハンドブック』

投稿者プロフィール

尾畠 悠樹
尾畠 悠樹
株式会社イーポート 代表取締役

■ ITコーディネーター
■ キャッシュフローコーチ®
■ JRCA認定ISMS審査員補
■ 東京都中小企業向け
  デジタル技術導入促進ナビゲーター
■ 中小企業庁「みらデジ」デジタル化支援者

兵庫県出身。大学卒業後、外資系コンピューターメーカーを経て2008年に会社設立。業務用システムの受託開発及び中小製造業向けのパッケージの開発・販売を行う。